株式投資でマイナスが出た時に知っておくべき大切なこと
株式投資を始めたばかりのころは、株価が上がって利益が出ることばかりに目が行きがちですが、経済の動向や企業の業績変動によって、保有している株式にマイナス(評価損)が生じることは誰にでも起こり得る日常的な出来事です。「せっかく将来のために投資を始めたのに、損をしてしまってショックだ…」と落ち込んでしまう方もいらっしゃるかもしれません。しかし、投資の世界において一時的な損失を出すこと自体は決して珍しいことではなく、プロの投資家であっても避けては通れない道です。ここで最も大切なのは、マイナスが出てしまったという事実を冷静に受け止め、【そのマイナスを税金の計算上でどのように処理するか】という点です。
実は、日本の税制には、投資で損をしてしまった人を救済するための非常にありがたい仕組みが用意されています。それが「譲渡損失の繰越控除」と呼ばれる制度です。この制度を正しく理解し、年に一度の決められた手続きをしっかりと行うことで、将来的に投資で利益が出た際に発生する税金を大きく減らすことができます。「税金の制度や申告の手続きは難しそうだから」と避けてしまうのは、ご自身の資産を自ら手放しているのと同じくらい、非常にもったいないことです。まずは、投資における損失は単なる失敗ではなく、未来の税金をコントロールするためのカードになり得るという事実を知ることから始めましょう。
マイナスをそのまま放置するリスクとは?
株式投資を始める際、多くの方は証券口座を開設する時に「特定口座(源泉徴収あり)」という種類を選んでいるはずです。この口座の最大のメリットは、株を売って利益が出た場合の税金計算や納税の手続きを、証券会社がお客様に代わって自動的に行ってくれる点にあります。そのため、基本的にはご自身で税務署に行って確定申告をする手間が省けるという、大変便利な仕組みになっています。
しかし、この便利さの裏には初心者が陥りやすい大きな落とし穴が潜んでいます。特定口座(源泉徴収あり)は、利益が出た時には自動で税金を引いて完結してくれますが、損失が出た場合には、何もしないと「ただ損をしただけ」の状態で終わってしまうのです。
現在、株式投資の利益には「20.315%(所得税15.315%、住民税5%)」の税金がかかります。たとえば、今年の投資成績がマイナス50万円だったとしましょう。もしこのマイナスをどこにも報告せずに放置して翌年を迎えた場合、翌年に見事50万円の利益を出すことができたとしても、その50万円の利益に対して約20%の税金(約10万円)がしっかりと差し引かれてしまいます。2年間トータルで見れば「マイナス50万円」と「プラス50万円」で利益はゼロになっているはずなのに、税金だけが10万円引かれて手元のお金が減ってしまうという、非常に悔しい事態に陥るのです。
また、よくある間違いとして「NISA口座」での取引に関する勘違いがあります。NISA口座はそもそも利益が出ても税金がかからない「非課税」の制度であるため、逆にNISA口座で損失が出たとしても、それは「税務上はなかったもの」として扱われます。したがって、これから解説する損失を救済する制度は、あくまで「特定口座」や「一般口座」など、本来は税金がかかる口座での取引に限られるという点をしっかり区別しておきましょう。
翌年以降の税金を減らせる「譲渡損失の繰越控除」
特定口座で放置することのリスクを避け、払いすぎる税金を取り戻すための具体的な解決策が、ご自身で確定申告を行って【譲渡損失の繰越控除】を申請することです。
この制度の仕組みは、言葉の通り非常にシンプルです。今年出てしまった株式投資のマイナス(譲渡損失)を、翌年以降【最大3年間】にわたって持ち越す(繰り越す)ことができるというルールです。そして、持ち越したマイナスは、翌年以降に出た利益と直接ぶつける(相殺する)ことができます。
先ほどの例で言えば、今年のマイナス50万円を確定申告でしっかりと税務署に申告しておけば、翌年に50万円の利益が出た際、過去のマイナス50万円と今年のプラス50万円を相殺して「今年のトータルの利益はゼロでした」と認めてもらうことができます。利益がゼロになれば、当然そこに20.315%の税金はかかりません。つまり、本来であれば引かれるはずだった約10万円の税金を一切払わずに済む(すでに源泉徴収されていれば、後から還付される)のです。
もし翌年の利益が30万円しかなく、50万円のマイナスを全て使い切れなかった場合はどうなるのでしょうか。その場合でも心配はいりません。残った20万円のマイナスは、さらにその次の年へ持ち越すことができます。このように、最大3年間という期限の中であれば、マイナスを翌年以降のプラスと次々に相殺して税負担を軽くしていくことができるのが、この制度の最大の魅力です。ただし、この強力な節税メリットを受けるためには、証券会社任せにするのではなく、必ずご自身で確定申告という行動を起こす必要があります。
申告手続きに必要な書類と準備するもの
制度の仕組みとメリットがわかったところで、「確定申告をするには、具体的に何を準備すればいいの?」という疑問が浮かぶはずです。手続きをスムーズに進め、途中でつまずかないようにするためには、事前にしっかりと手元に必要な書類を集めておくことが何よりも重要です。準備するものは大きく分けて以下の通りです。
・マイナンバーがわかるものと本人確認書類 マイナンバーカードをお持ちであれば、それ1枚で番号の確認と本人確認が完結します。もしお持ちでない場合は、マイナンバーが記載された住民票などの番号確認書類と、運転免許証などの身分証明書がセットで必要になります。
・特定口座年間取引報告書 毎年1月中旬ごろに、お使いの証券会社から発行される「1年間の取引結果の成績表」です。以前はハガキなどで郵送されてくるのが一般的でしたが、現在は証券会社のウェブサイトにログインして、電子データ(PDFなど)をダウンロードする形式が主流となっています。複数の証券会社で取引をしている場合は、すべての会社の書類をダウンロードして集める必要があります。
・確定申告書(第一表・第二表) 確定申告の土台となるメインの書類です。ご自身の住所、氏名、1年間の給与などの各種所得状況を記入します。
・株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書 1年間の株の取引において、総額でいくらで購入し、いくらで売却し、最終的にどれだけの損失が出たのかを詳細に計算するための専用用紙です。
・確定申告書付表(上場株式等に係る譲渡損失の繰越用) 「この計算で出たマイナスを、来年以降に持ち越します」と税務署に対して宣言するための重要な用紙です。繰越控除を適用するためには、この書類の提出が欠かせません。
これらの書類の名前だけを聞くと「用紙を何枚も手書きで作るのは難しそう…」と身構えてしまうかもしれません。しかし、現在の確定申告は手書きの時代ではありません。後ほど詳しく解説するインターネット上のシステムを使えば、画面の案内に従って金額を入力していくだけで、複雑な計算はすべて自動で行われ、必要な用紙一式がパソコンやスマートフォン上で自動的に完成しますので安心してください。
具体的な計算シミュレーションと記入の流れ
ここでは、実際に複数の口座を持っている場合の処理や、3年間でどのような金額の動きになるのか、そしてどのような手順で申告を完了させるのかを、具体的な流れに沿って見ていきましょう。
複数の口座を持っている場合の「損益通算」
繰越控除を行う前に、まず理解しておきたいのが【損益通算】という考え方です。たとえば、A証券会社では50万円のプラスが出たけれど、B証券会社では100万円のマイナスが出てしまったとします。この場合、まずは同じ年の中でプラスとマイナスを合算(損益通算)します。すると「プラス50万円 - マイナス100万円 = マイナス50万円」となります。この合算した結果、どうしても残ってしまった「マイナス50万円」を、初めて翌年以降に持ち越す(繰越控除する)ことになります。
3年間の具体的な節税シミュレーション
今年(1年目)に大きく100万円の損失を出してしまい、その後2年間で少しずつ投資の利益を取り戻していったケースを想定します。
・1年目:100万円の損失 この年は利益がないため税金はゼロです。確定申告を行って「100万円のマイナス」を申告し、翌年へ繰り越す手続きを完了させます。
・2年目:40万円の利益 2年目に40万円の利益が出た際、本来であれば約8万円(20.315%)の税金が引かれます。しかし、前年のマイナス100万円を持ち越しているため、「40万円の利益 - 100万円の損失」で相殺されます。結果として2年目の税金はゼロになり、本来引かれるはずだった約8万円が手元に残ります。使い切れなかった残り60万円のマイナスは、さらに翌年へ持ち越されます。
・3年目:50万円の利益 3年目に50万円の利益が出た際も、前年から持ち越した60万円のマイナスがまだ残っています。「50万円の利益 - 60万円の損失」で再び相殺され、この年の税金もゼロになります。約10万円の税金が浮く計算です。残った10万円のマイナスは、4年目へ持ち越すことができます。 このように、一度申告しておけば、その後の利益に対する税負担を次々と消していくことが可能です。
申告書作成から提出までのステップ
実際の申告作業は、自宅のパソコンやスマートフォンを使って以下のような手順でスムーズに進めることができます。
1.必要なデータを手元に集める まずは証券会社のサイトにログインし、「特定口座年間取引報告書」をダウンロードして、パソコンの画面に表示させるか印刷しておきます。
2.国税庁の「確定申告書等作成コーナー」にアクセスする インターネットで国税庁のシステムを開きます。このシステムは非常に優秀で、画面の質問に「はい」「いいえ」で答えていくだけで、自分に必要な入力画面が自動で用意されます。
3.取引内容を転記する 手元にある特定口座年間取引報告書を見ながら、画面の該当欄に数字を入力していきます。「譲渡の対価の額(収入金額)」や「取得費等の額」など、報告書に書かれている項目名と画面の項目名が一致しているため、パズルのようにそのまま数字を書き写すイメージです。
4.繰越控除の適用を選択する 入力画面を進めていくと、計算結果としてマイナスが表示され、「翌年以降へ繰り越しますか?」という確認項目が出てきます。ここで必ず「繰り越す」という選択肢にチェックを入れます。
5.e-Taxで送信(提出)する すべての入力が終わると、必要な申告書データが完成します。マイナンバーカードをスマートフォンで読み取るか、パソコン用のカードリーダーを使って、そのままインターネット上でデータを送信(e-Tax)すれば提出は完了です。わざわざ税務署に足を運んだり、郵送用の封筒を用意したりする必要はありません。
毎年連続して申告するルールの厳守
ここで一つ、絶対に忘れてはならない非常に重要な注意点があります。それは、損失を繰り越している3年間は【株の取引を全くしなかった年でも、必ず毎年連続して確定申告をしなければならない】というルールです。「今年は忙しくて株を一回も売買しなかったから、申告しなくてもいいだろう」と申告を1年でもサボってしまうと、その時点で繰り越しの権利が完全に消滅してしまい、残っていたマイナスは二度と使えなくなってしまいます。損失がゼロになるまで、あるいは3年が経過するまでは、毎年必ず申告書を提出することをカレンダーなどにメモしておきましょう。
早めの準備で確実に節税のメリットを受け取ろう
株式投資で損失を出してしまうのは精神的にも辛いものですが、そのマイナスを将来のプラスに生かすことができるかどうかは、投資家であるご自身の少しの行動にかかっています。「確定申告」という言葉を聞くだけで、自分には関係ない、あるいは面倒くさいと敬遠してしまいがちですが、実際の手続きは必要な書類を手元に揃えて、案内通りにパソコンやスマートフォンで入力していくだけのシンプルな作業です。
特に最近は、フリーランスや個人事業主の方だけでなく、会社員の方でも副業や資産運用に積極的な方が増えています。もし、ご自身のビジネスや家計の管理で「freee」や「マネーフォワード」などのクラウド会計ソフトなどを活用する機会があれば、そうしたツールは日々のお金の出入りを可視化するのに非常に役立ちます。投資における資金管理も同様で、デジタルツールや国税庁の便利なシステムを味方につけることで、お金の管理に対するハードルは劇的に下がります。
確定申告の受付期間は、原則として毎年2月中旬から3月中旬までの1ヶ月間と定められています。しかし、税金を納めるのではなく、マイナスを申告して税金を取り戻すための手続きは「還付申告」という扱いになるケースが多く、その場合は年明けの1月からすぐに提出を始めることが可能です。3月の期限ギリギリになって慌てて書類を探すことのないよう、年が明けて証券会社から「特定口座年間取引報告書」が発行されたら、すぐにダウンロードして早めに準備に取り掛かることを強くおすすめします。
せっかく国が用意してくれている制度を使わずに税金を払いすぎてしまうのは、投資の利回りを自ら下げてしまっているのと同じことです。マイナスをただの失敗で終わらせず、将来の利益を最大化するための第一歩として、ぜひ前向きに繰越控除の手続きに挑戦してみてください。

