確定申告の手間から解放されたい投資家の方へ
株式投資や投資信託で資産運用をしている方の中で、過去に税金を取り戻すため、あるいは株式の売買で出てしまった損失を翌年以降に繰り越すために、ご自身で確定申告を行った経験がある方は多いのではないでしょうか。
日本の税制では、証券会社で【特定口座(源泉徴収あり)】を選んでいれば、本来は投資家自身が確定申告を行う必要はありません。利益が出るたびに証券会社が代わりに約20%の税金を計算し、自動的に納めてくれる非常に便利な仕組みが整っているためです。
しかし、「複数の証券口座の利益と赤字を相殺したい(損益通算)」「配当金から引かれた税金を取り戻したい(配当控除)」「今年の大きな赤字を来年以降の利益とぶつけたい(譲渡損失の繰越控除)」といった特定の目的がある場合にあえて確定申告をすることで、税金面で大きなメリットを受けられることがあります。そのため、投資初心者であっても勇気を出して確定申告にチャレンジし、毎年コツコツと申告作業を続けている方は少なくありません。
一度申告すると「ずっと申告が必要」という大きな誤解
投資の成績を向上させるために始めた確定申告ですが、数年間にわたって申告を続けていくうちに、ふと次のような疑問や悩みが頭をよぎることがあります。
「過去の大きな損失を数年かけて繰り越してきたけれど、今年の利益で完全に相殺しきった。来年からはもう面倒な確定申告はやりたくない」
「配当金を受け取っているから配当控除のために申告していたけれど、なんだか最近、国民健康保険料が高くなっている気がする」
ここで多くの方が陥りやすいのが、【一度でも配当や譲渡益の確定申告をしてしまったら、翌年以降もずっと申告を続けなければならないのではないか】という誤解です。税務署に自分の投資活動のデータを知られてしまった以上、途中で申告をやめると「申告漏れ」や「脱税」を疑われてしまうのではないかと不安になり、必要がないのに毎年手作業で入力と申告を続けてしまっているケースが散見されます。
申告を続けることで発生する「見えないデメリット」
確定申告は、必ずしもメリットばかりではありません。特に投資の利益を申告することによって、ご自身の【合計所得金額】が引き上がってしまうという点には最大限の注意が必要です。
合計所得金額が上がることによって引き起こされる「見えないデメリット」には、主に以下のようなものがあります。
・配偶者控除や扶養控除の対象から外れてしまう
・ご自身の国民健康保険料や後期高齢者医療保険料が大幅に値上がりする
・医療費の窓口負担割合が1割から2割、あるいは3割にアップしてしまう
「税金を数万円取り戻すために確定申告をしたのに、翌年の保険料がそれ以上に上がってしまい、結果的に大損をしてしまった」という事態は、株式投資の世界では決して珍しい話ではありません。このような負担増を避けるためにも、「申告をやめる」という選択肢を持つことは非常に重要になってきます。
翌年から申告をストップし「申告不要」に戻すシンプルな手順
それでは、どうすれば長年続けてきた確定申告をやめて、元の「申告不要」の状態に戻すことができるのでしょうか。
結論から申し上げますと、特別な申請書を税務署に提出したり、証券会社に連絡して手続きを行ったりする必要は一切ありません。翌年から申告不要に戻すための手続きは、【その年の確定申告書を作成する際に、株式の配当や譲渡益に関する情報を「入力しない(申告しない)」だけで完了】します。
つまり、会社員の方であれば会社の年末調整だけで終わらせる、あるいは医療費控除やふるさと納税の申告だけを行い、投資に関する項目については完全に無視をして確定申告書を提出するだけで良いのです。
証券会社の口座が【特定口座(源泉徴収あり)】に設定されていれば、証券会社がすでにあなたに代わって税金の計算と納付を完了させています。そのため、あなたが確定申告書にその数字を書き込まなかったとしても、国から見れば「すでに税金はしっかりと納められている状態」であり、全く問題にはなりません。申告を省略したからといって、税務署からお尋ねの電話がかかってきたり、ペナルティを受けたりすることは絶対にありませんのでご安心ください。
なぜ自由にやめられる?知っておくべき税金の仕組みとルール
なぜ、これほど簡単な方法で申告と非申告を切り替えることができるのでしょうか。その背景には、日本の税制が定めている柔軟なルールが存在します。
株式投資に関する税金のルールでは、申告するかどうか(申告不要制度を利用するか、申告分離課税・総合課税を選ぶか)の選択権は、完全に投資家側に委ねられています。そして、この選択は【毎年ごとに独立して判断できる】という大きな特徴があります。
「去年は申告したから今年も申告しなければならない」という縛りはありません。202X年は申告する、その翌年は申告しない、さらにその翌年はまた申告する、といったように、ご自身のその年の損益状況やライフスタイルに合わせて、毎年自由に最適な方法を選ぶことが法律で認められているのです。
口座ごと、あるいは配当と譲渡を分けて選択することも可能
さらに柔軟なことに、この選択は【証券会社の口座ごと】に行うことも可能です。
例えば、A証券とB証券の二つの特定口座(源泉徴収あり)を持っている場合、「A証券の利益は申告するけれど、B証券の利益は申告不要にする」といった選択も認められています。
また、「株を売った利益(譲渡益)は申告不要にするけれど、配当金については申告する」といったように、譲渡と配当を切り離して申告の要否を判断することも可能です(※一部例外や組み合わせの制限はあります)。投資家にとって最も有利な条件を選べるように、制度が設計されているのです。
現在の税制で注意すべき「課税方式の統一」
ここで、申告不要に戻す判断をする上で絶対に知っておかなければならない重要な税制のルールがあります。
現在の税制では、【所得税と住民税における課税方式が完全に統一】されています。これはつまり、「所得税の確定申告書で申告をした投資の利益は、必ず住民税の計算(ひいては国民健康保険料などの計算)にもそのまま連動してしまう」ということです。
かつては、確定申告を行う際に「所得税では申告して税金を取り戻すけれど、住民税では申告不要を選んで保険料を上げない」という、いわゆる「いいとこ取り」の手続き(住民税申告不要制度)が可能でした。しかし、このルールはすでに撤廃されています。
現在、もしあなたが「配当控除を受けたい」などの理由で確定申告書に投資の利益を記載して提出した場合、その情報はそのままお住まいの市区町村へ送られ、翌年の住民税や各種保険料の計算に容赦なく合算されます。だからこそ、「申告を続けるメリット」と「保険料が上がるデメリット」を天秤にかけ、不利になると判断した年には、きっぱりと「申告不要」に戻す勇気が必要になるのです。
状況に合わせて選ぶ!具体的なケースと申告書の作成イメージ
言葉だけではイメージしにくい部分もありますので、株式投資初心者の方にも分かりやすいように、具体的なケーススタディを用いて「申告不要に戻すべきタイミング」と、その際の「確定申告書の作り方」を解説します。
ケース1:過去の損失(赤字)を完全に相殺しきった場合
【状況】
3年前に株式投資で100万円の大きな赤字を出してしまい、それ以来「譲渡損失の繰越控除」を利用するために毎年確定申告を続けてきた。しかし、昨年と今年の投資が好調で利益が積み重なり、ついに過去の100万円の赤字をすべて使い切って(相殺して)しまった。
【判断と行動】
このようなケースは、まさに「申告不要に戻すベストタイミング」です。
繰り越すべき赤字がなくなったのであれば、あえて申告をして所得を増やすメリットは一つもありません。翌年の確定申告からは、株式投資に関する項目への入力は一切やめましょう。特定口座(源泉徴収あり)で取引を続けている限り、証券会社が裏側で税金の処理を完璧に行ってくれます。
ケース2:配当金による税金還付より、保険料アップが怖い場合
【状況】
会社を定年退職し、現在は年金と株式の配当金で生活している。毎年配当金を数十万円受け取っており、税金を取り戻すために確定申告(総合課税)を行っていた。しかし、国民健康保険料が高額になってしまい、家計を圧迫している。
【判断と行動】
現在の税制では、申告した配当金は確実に国民健康保険料の算定基準に加算されます。配当控除によって数万円の所得税が戻ってきたとしても、保険料がそれ以上に跳ね上がってしまえば本末転倒です。
この場合、翌年の確定申告からは配当金の申告をやめ(申告不要を選択し)、手元に残るお金(可処分所得)を最大化する戦略に切り替えるべきです。
実際の確定申告ソフトやe-Taxでの操作手順
では、実際にパソコンやスマートフォンを使って確定申告書を作成する際、「申告不要に戻す」ためにはどのような操作をすればよいのでしょうか。
国税庁の「確定申告書等作成コーナー」や、市販のクラウド確定申告ソフトを利用する場合、最初の方の画面で必ず次のような質問が表示されます。
「株式等の売却や配当金に関する収入はありますか?」
「特定口座年間取引報告書の内容を入力しますか?」
申告不要に戻したい場合は、ここで必ず【「いいえ」や「入力しない」を選択】してください。たったこれだけです。
過去に申告したデータがシステムに残っていたり、証券会社から郵送されてきた「特定口座年間取引報告書」が手元にあったりしても、その画面をスルーして入力しなければ、自動的に申告不要が適用された状態で申告書が完成します。
| 項目 | 申告を続ける場合(これまで) | 申告不要に戻す場合(これから) |
| 手元の書類 | 特定口座年間取引報告書を見ながら入力 | 見るだけで、どこにも入力しない |
| ソフトの操作 | 株式等の譲渡・配当の画面で「はい」を選ぶ | 株式等の譲渡・配当の画面で「いいえ」を選ぶ |
| 提出先への伝達 | 税務署に投資の利益額が伝わる | 税務署に投資の利益額は伝わらない |
| 保険料への影響 | 合計所得金額に加算され、影響が出る可能性がある | 加算されないため、全く影響しない |
賢く税金をコントロールするために、今すぐ確認すべき行動
確定申告は、一度やり始めたらやめられない呪縛ではありません。「今年は申告した方が得か?それとも申告不要のままにしておいた方が得か?」を毎年見極め、柔軟に切り替えることこそが、最も賢い資産運用の取り組み方です。
次回の確定申告シーズンが到来して慌てることがないよう、今のうちから以下の行動を起こして準備をしておきましょう。
1.証券会社の口座設定が「源泉徴収あり」か再確認する
申告不要制度を利用するための大前提は、ご利用の証券口座が【特定口座(源泉徴収あり)】になっていることです。もし「特定口座(源泉徴収なし)」や「一般口座」になっている場合は、申告不要を選ぶことはできず、必ず自分で確定申告をして税金を納めなければなりません。
証券会社のマイページやアプリにログインし、ご自身の口座情報や設定画面を開いて、現在の口座区分がどうなっているかを今すぐ確認してください。
2.繰越損失の「残り額」を把握する
過去に損失を出して確定申告をしている方は、前年に提出した確定申告書の控え(第三表や、株式等の譲渡所得等の金額の計算明細書)を手元に用意してください。
「翌年以後に繰り越される株式等に係る譲渡損失の金額」という欄に金額が残っているでしょうか。もし残額がゼロになっていたり、繰り越せる期限(最長3年)が切れていたりする場合は、次回の申告からは不要にできる可能性が極めて高くなります。
投資初心者にとって、税金のルールは複雑で難解に感じるかもしれません。しかし、「申告する・しないは毎年自由に選べる」「申告しない場合は単に入力しなければいいだけ」というこのシンプルな原則を知っておくだけで、将来の不安は大きく軽減されます。ご自身の今年の投資成績と照らし合わせながら、ぜひ最も有利な選択をしてください。

