株式の贈与が注目される理由
事業承継や資産移転を考える経営者や個人事業主にとって、「株式をいつ、どのように次世代に渡すか」は大きな課題です。自社株だけでなく、上場株式や投資信託といった金融資産も、将来の相続や税負担を見据えた戦略的な移転が求められます。
特に株式の贈与は、単なる資産移転にとどまらず、以下のような意味を持ちます。
- 経営権を早めに次世代へ移すことで、スムーズな事業承継を実現できる
- 株価上昇前に贈与することで、相続時の課税負担を抑えられる
- 生前贈与を組み合わせることで、相続税の節税効果を高められる
しかし、株式を贈与すると必ず「贈与税」という課税の問題が発生します。さらに、相続を見据えた制度として「相続時精算課税制度」を選択できる場合もあります。これらを正しく理解していないと、せっかくの資産移転が思わぬ負担を招くことになりかねません。
株式贈与で起こりやすい課題
株の贈与を検討する経営者や資産家が直面する課題を整理してみましょう。
高額な贈与税の負担
贈与税は相続税よりも税率が高く設定されており、無計画に贈与すると大きな納税負担を背負うことになります。特に株式は評価額が高額になりやすいため、注意が必要です。
贈与の評価額が不明確
上場株式は時価で評価できますが、非上場株式は評価方法が複雑で、場合によっては想定以上に高い評価額が算出されることがあります。経営者が自社株を移す際には、事業承継の流れ全体を考慮した計画が不可欠です。
贈与と相続のバランスが難しい
生前に贈与しすぎると、相続時のバランスを欠いてしまうことがあります。逆に贈与を全く行わなければ、相続時に高額な相続税が発生する可能性があります。「贈与税」と「相続税」の両面を見据えたバランス感覚が求められます。
制度選択の複雑さ
- 暦年課税制度(基礎控除110万円まで非課税)
- 相続時精算課税制度(2,500万円まで控除、将来相続時に精算)
どちらを選択するかで、将来の税負担が大きく変わります。特に相続時精算課税制度は一度選択すると暦年課税に戻れないため、慎重な判断が必要です。
誤った判断がもたらすリスク
これらの課題を軽視して株式の贈与を進めると、以下のようなリスクが生じます。
- 高額な贈与税を支払うことになり、資金繰りに悪影響を与える
- 会社の評価額が高く算定され、予想以上の税額が発生する
- 相続時に「生前贈与の有無」をめぐって相続人間の争いが起こる
- 不適切な制度選択によって、本来よりも税負担が重くなる
これらはすべて、経営の安定や家族の安心を脅かす要因となり得ます。だからこそ「贈与税」と「相続時精算課税制度」を正しく理解し、計画的に株を移すことが求められます。
株式贈与に適用される2つの税制の選択肢
株を贈与するときに考慮すべき税制には、大きく分けて 「暦年課税制度」 と 「相続時精算課税制度」 の2つがあります。それぞれの特徴を理解し、資産状況や目的に応じて選択することが重要です。
暦年課税制度(年間110万円の基礎控除)
- 毎年110万円までの贈与は非課税
- 110万円を超える部分については累進税率(10%〜55%)で課税
- 贈与を小分けにして長期間に分散できるメリットがある
- 相続開始前3年以内の贈与は相続財産に加算される
つまり、少額の資産移転には有効ですが、高額な株式贈与には税率が高いため不利になるケースもあります。
相続時精算課税制度(2,500万円まで控除)
- 贈与者1人につき、受贈者(子や孫)ごとに 2,500万円まで非課税
- 2,500万円を超える部分については一律20%の贈与税
- 将来相続が発生したとき、贈与分を相続財産に合算して相続税を精算
- 一度選択すると暦年課税に戻れない
この制度を活用すれば、まとまった株式を早めに移転し、株価上昇リスクを回避できます。ただし、将来の相続時に再度課税対象になる点に注意が必要です。
どちらを選ぶべきかの基本的な判断軸
暦年課税制度と相続時精算課税制度は、それぞれメリット・デメリットが明確です。以下に比較表を整理しました。
| 項目 | 暦年課税制度 | 相続時精算課税制度 |
|---|---|---|
| 非課税枠 | 毎年110万円 | 通算2,500万円 |
| 税率 | 10%〜55%の累進課税 | 超過部分は一律20% |
| 相続時の扱い | 3年以内贈与は相続財産に加算 | 贈与分をすべて相続財産に合算して精算 |
| 向いているケース | 少額を毎年移す場合 | 高額資産を一度に移したい場合 |
| 注意点 | 長期間かかる/大きな贈与は負担増 | 一度選択すると戻せない/将来相続税が発生 |
株式贈与で重視すべきポイント
制度を選ぶ際には、次の観点から検討する必要があります。
- 贈与する株式の規模
- 数百万円程度なら暦年課税
- 数千万円〜億単位なら相続時精算課税
- 株価の将来性
- 上場株式や自社株が値上がりする見込みがある場合、早めに精算課税制度で移すメリットが大きい
- 相続税の発生見込み
- 将来的に相続税がかからない範囲なら暦年課税で十分
- 相続税が確実に発生する場合、精算課税制度を利用しつつ納税資金対策も必要
計画的な制度活用が節税のカギ
株式を贈与する際は、
- 「暦年課税」でコツコツ移すのか
- 「相続時精算課税」で一気に移すのか
を戦略的に選ぶことが欠かせません。
安易に選択してしまうと、かえって税負担が増える可能性があるため、将来の相続を見据えた試算を行い、家族の資産状況に応じた最適な制度を活用することが、節税と円滑な資産承継のポイントです。
なぜ株式の贈与では制度理解が不可欠なのか
株式の贈与は、単純な資産移転ではなく「税務・資産承継・経営権」の3つの要素が絡み合う複雑なプロセスです。そのため制度を正しく理解しなければ、次のような不利益につながりかねません。
- 不要に高額な贈与税を支払う
- 相続時に二重課税のような状態になる
- 会社の経営権が中途半端に分散する
- 家族間で不公平感やトラブルが生まれる
特に中小企業のオーナーや個人事業主は、資産の多くを「自社株」に集中させているケースが多く、評価や税制の選択を誤ると経営基盤そのものが揺らぎます。
贈与税の課税の仕組みを理解する
株式を贈与する際の「贈与税の基本ルール」を整理しておきましょう。
贈与税の課税方式
贈与税は「暦年課税」を原則とし、相続時精算課税を選択できる仕組みです。
- 暦年課税:基礎控除110万円を超えた部分に累進税率を適用
- 相続時精算課税:特別控除2,500万円を超えた部分に一律20%課税
贈与税の累進税率(暦年課税)
| 課税価格(贈与額−110万円控除) | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 200万円以下 | 10% | 0円 |
| 400万円以下 | 15% | 10万円 |
| 600万円以下 | 20% | 30万円 |
| 1,000万円以下 | 30% | 90万円 |
| 1,500万円以下 | 40% | 190万円 |
| 3,000万円以下 | 45% | 265万円 |
| 4,500万円以下 | 50% | 415万円 |
| 4,500万円超 | 55% | 640万円 |
株式は数百万円〜数千万円規模になることが多いため、高額部分では55%もの税率が適用される点に注意が必要です。
相続税との関係を理解する
株式の贈与は、相続税との関係も切り離せません。
相続税との関係ポイント
- 暦年課税の3年以内贈与加算
相続開始前3年以内に贈与した株式は、相続財産に加算され、相続税の対象になります。 - 相続時精算課税の全額合算
相続時精算課税を選択した場合、贈与分すべてが相続時に加算されます。
つまり、どちらの制度を選んでも「相続税との二重チェック」が行われるため、単純に「贈与したから安心」とは言えません。
株価変動リスクを踏まえた制度選択の重要性
株式は評価額が日々変動する資産です。
- 贈与時に株価が低ければ、課税額を抑えられる
- 贈与後に株価が上昇すれば、相続時精算課税制度を使った効果が大きい
- 一方で株価が下落すれば、贈与時点で税金だけ多く支払い、結果的に不利になる
このように、制度の選択は株価の将来予測とも密接に関係します。
事業承継との関わり
特に非上場株式を持つ経営者にとっては、株式の贈与は「単なる資産移転」ではなく「経営承継」そのものを意味します。
- 贈与で後継者に議決権を移す
- 生前に経営権を譲ることで承継を円滑に進める
- 事業承継税制と組み合わせれば、相続税や贈与税の負担を大幅に軽減できる
したがって「贈与税」と「相続時精算課税制度」を理解することは、単なる節税テクニックにとどまらず、会社の存続や成長に直結する経営判断なのです。
株式贈与に関する具体的な事例シミュレーション
事例1:上場株式を暦年課税で贈与する場合
- 父が子へ株式を毎年300万円分贈与
- 暦年課税の基礎控除:110万円
- 課税対象額:300万円 − 110万円 = 190万円
- 贈与税率:15%(控除10万円)
→ 税額 = 190万円 × 15% − 10万円 = 18.5万円
少額を毎年コツコツと移転できるため、長期的に見れば相続財産を大きく圧縮できます。
事例2:上場株式を相続時精算課税で一括贈与する場合
- 父が子へ株式4,000万円分を贈与
- 相続時精算課税の特別控除:2,500万円
- 課税対象額:4,000万円 − 2,500万円 = 1,500万円
- 贈与税率:一律20%
→ 税額 = 1,500万円 × 20% = 300万円
贈与時点で300万円を支払う必要がありますが、株価上昇が見込まれる場合は有効です。たとえば将来この株が6,000万円になったとしても、相続時の課税は「贈与時の4,000万円」で固定されるため、大幅な節税効果を発揮します。
事例3:非上場株式の贈与
- 自社株評価額:1株2万円 × 5,000株 = 1億円
- 相続時精算課税を選択し、後継者へ贈与
- 特例適用により2,500万円控除 → 課税対象7,500万円
- 贈与税率:一律20%
→ 税額 = 7,500万円 × 20% = 1,500万円
この場合、事業承継税制を組み合わせれば税金の猶予・免除を受けられる可能性があります。中小企業経営者は必ず専門家と連携して進めるべきです。
贈与を進めるための実践的ステップ
ステップ1:資産の棚卸しを行う
- 保有株式の種類(上場株・非上場株)
- 評価額(時価・評価方式)
- 他の相続財産とのバランス
まずは「どれだけの資産を持ち、贈与すべきか」を把握することから始めましょう。
ステップ2:制度の選択を検討する
- 少額移転 → 暦年課税
- 高額移転・株価上昇リスク回避 → 相続時精算課税
- 自社株承継 → 事業承継税制の併用を検討
税制のメリット・デメリットを比較し、長期的な資産承継プランに沿った制度を選びます。
ステップ3:贈与契約書・登記の整備
株式の贈与は口約束では成立しません。
- 贈与契約書を作成する
- 上場株は証券会社で名義変更手続きを行う
- 非上場株は株主名簿や登記簿の更新を忘れずに
形式を整えることが後々のトラブル防止につながります。
ステップ4:納税資金を確保する
- 贈与税の支払い期限は贈与翌年3月15日
- 相続時精算課税を利用する場合も現金納付が必要
- 納税資金として生命保険や預貯金を活用するのが安心
ステップ5:専門家に相談する
- 税理士 → 評価額の算定・節税シミュレーション
- 司法書士 → 株式名義変更の手続き
- 弁護士 → 遺言・相続人間の調整
複雑な税務判断は専門家の助けを借りるのが最も効率的で安全です。
まとめ:贈与と相続を見据えた計画が必須
株式の贈与には、贈与税と相続税が密接に関係し、制度選択を誤ると大きな負担やトラブルにつながります。
- 暦年課税制度:少額を毎年移す
- 相続時精算課税制度:高額をまとめて移す
- 事業承継税制:非上場株の承継で活用
これらを組み合わせて、早めに行動することが、家族を守り、事業を次世代へ円滑に引き継ぐための最大のポイントです。

